当たり前だ。

誰にだって踏み入って欲しくないことぐらいある。

彼女にとって、それは踏み入ってはいけないものだった。

そんなこと初めから分かっていた。



――だけど。

だけど俺は踏み入らずにはいられなかったんだよ。

だって……

だってあの時。

彼女の。
あの淋しそうな顔を見てしまった時から俺は――



佐野明美という女に一目惚れしてしまっていたんだから。





「あ…いや。すみません。不謹慎でした。」

俺が頭を下げると、先生は俺から煙草を取り戻し、ゆっくりと吸った。

「……あんたがこの煙草をムセないで吸えるようになったら、教えてやるよ。」

そう言うと先生は意地悪そうに笑った。

そして立ち上がり、俺の横を通り過ぎると、屋根から降り、去っていった。

「佐野明美か……」




その後俺は、わずかに残る彼女と煙草の匂いに包まれながら、しばしばボーッと空を見上げていた。