何だかんだで自分を慰めてくれた楡に、礼を言おうかと車から降りて思った。

車のドアを開け、ゆっくりと地面に降り立つ。

長時間車内に居た所為か、足が痺れるような浮遊感がある。

車が去る前に、素早く振り返って、割れたお陰でうまい具合に話が出来る窓を覗き込んだ。

楡はどうした?と言う代わりに軽く首を傾げた。

明衣は言葉を発せず口をもごもごしながら、頭を掻き毟る。


「楡っ……」

「……何?」

「…あ……あ……」

「………?」

「…頭から血ィ出てるよ」

「……うそ」


明衣は結局、出掛けた「ありがとう」を飲み込んだ。

恥ずかしくて真っ赤になった顔を気付かれたくなくて、震えていた足とかも知らないフリしたくて。


「…本当だ……いつだ?」

「ガラスで切ったんじゃない?」


血は固まっているが、べっとりと白い肌が汚れている。

溜息をつきながらも車を発進させようとして、楡は思い出したように明衣を見た。


「卯月」

「何?」

明衣が玄関のドアに手を掛けて振り返る。


「早く寝なよ」

「……////」


口元だけで薄く笑った楡が、明衣を見てそう言った。

顔を真っ赤にして立ち尽くす明衣に、車の音に気付いた姉がやってくるのは、もう少し後の話だ。





【二億円の少女】完