わたしの差し出した天目の茶碗を彼は押しいただくようにして持つと、中の濃茶を一息に飲み干した。


そして。


「美味い」

と満足そうに言った。


「う、美味いか?」


「ああ、美味かった。馳走になった」


わたしははにかんだ。


嬉しかった。


人に「おいしい」と言ってもらえることがこんなにも嬉しいことだとは。


知らなかった。





「秀政、有り難う」


彼は驚いたように顔を上げた。


「お前……名を?」


もうずっと前に教えられていた名を、わたしはこの時初めて口に出したのだ。


正直言って、彼の名前などどうでもよかった。


彼は尼さまの元を訪れる男であって、彼の氏素姓などには興味がなかった。


なのに。


今日ふたつきぶりくらいに会って、わたしは彼が彼であることに初めて興味を持った。


名が自然に口からでたのは、そういうことだった。