薄暗いカラオケルームの中の空気が、一瞬で凍りついた。

ニタリ――。

嫌らしい笑いを油ぎった厳つい顔に張りつけながら、部屋の入り口から近寄ってくる巨漢の男に一瞥を投げ、私は息を整える。そして決意を込めて、静かにピンクの花柄ソファから立ち上がった。

見てらっしゃい。
いつまでも、ヤラレるばかりじゃないんだから!

トン!

私は、赤いカーペット敷きの床を思いっきり蹴った。

目の前にあるガラステーブルの上を駆け抜け、尚も前傾姿勢でカラオケを熱唱している秋の背中へ、猛ダッシュで飛び登る。

「ぐえっ!」

不意打ちを食らった秋が、痛みにくぐもった呻き声をあげるが完全無視。秋に倒れる隙も与えず、私はそのまま助走のエネルギーをバック転へと変換、男を目がけて華麗に宙を舞った。

天井のシャンデリアが、私の顔を掠めていく。それはテレビモニターの明かりを反射して、キラキラと輝いていた。

ああ、まるで暗い夜空にかかる虹のよう。

非現実的。
だからこそ美しい。

落下運動に入る寸前、体を180度捻って回転させ、男を正面に捉える。全てがスローモーション。

驚きで顔全体をOの字にしている男を、私は実に冷静な気持ちで見遣り、その猪首をがっちりと己の両膝で挟み込んだ。

逃がすもんか!

間髪を入れずそのまま、自分の頭を振り子の錘のように使って後方に反り返るように倒れこむ。私の脚力で男の上半身はグラリと、前のめりに傾いた。

そう。こうすれば、いかに百キロは体重が有りそうなこの巨漢の男も、簡単に重力のくさびから解き放てる。

後は、渾身の力を込めて、コイツの頭を床に叩きつけてやるだけ!

フランケンシュタイナー。

それで、私がこのプロレス技を習得した目的が完了する。が――。

ガシャーン!

予想に反して、意外に早い激突の衝撃が私を襲う。同時に、ガラスの割れるけたたましい音が響き渡った。

ありゃ、目測失敗!?
ガラステーブルがあったんだ。

男は床に頭を激突させる前に、そのだだっ広い背中でガラステーブルを粉砕していた。

私は自分が床に落ちる寸前、男の頭を膝の呪縛から解き放ち、すとんと軽やかにトンボをきって着地したのだった。