「えっ、何? なんで?」

 扉が開くと同時に、張り付いていた群衆が、一斉にダッシュする。釣られて美和も走る。

 肩口からジイ様やバア様に追い抜かれる。追い抜き際に見せたバア様の勝ち誇った僅かな口元の笑みが、負けず嫌いの美和の心を呼び醒まし、火をつけた。

 頭に、血が上る。

『負けるもんか!』

 前傾姿勢の美和の膝が、垂直に上がり、落ちる。垂直に上がり、落ちる。地面を強く蹴った足の裏が高速回転する。指先をきっちり伸ばし、全身を無駄なく使ったスタイルは、先程抜かれたジイ様とバア様を難なく抜き返す。更に先を走っていた百円禿げのガキ、そして若草色のショールを纏った母親までを捉えた。

 ゴールは受付だ。

 あの忌まわしいオバハンは、三番手を走っている。

 診察券を母親に託し、ガキがこける。一瞬にして脱落したガキが、ベルトコンベアに載せられた製品の様に遠くなる。

 最後の力を振り絞り、ショールマザーに並び、交わす。

 この場合に限り、ペチャパイが有利だ。

 子を持つふくよかな母親よ……、貴方に勝ち目はない。


 美和は走る。ゴールに向かって全力疾走だ。

 そして、受付でもた付いていた中年オヤジの隙を突き、健康保険カードを滑り込ませた。


『ゴォール!』

 まるで、サッカー中継で得点が入った時のようだ。美和は具合いの悪い事も忘れて、小さく拳を握る。

 八番目を並んでいたのだが、三人抜きで、五番目になった。大成果である。