身支度をしてスーツを着、バッグを持って部屋を出た。通りに出るとバス停があり、待つ列に続いた。金髪碧眼のゲルマン人ばかりかと思っていたが、ここドイツは今や移民の国だ。様々なアイデンティティを持つ人々を見かけた。

 バスの着いた先はビジネス街で、降りてすぐに見つけたカフェで朝食を買う。
「ナオ?」
 コーヒーを飲んでいると、後ろから声をかけられた。振り向くと、褐色の髪に緑色の目をした女性と目が合う。

「良かった、ナオね」
「ニーナ」
 Nina Barchetは大きな口を横に引いて笑った。彼女が東京に来ていたとき、よく話をした。ハグを受けてから、差し出した手を固く握る。ほっそりした指に触れた。
「久しぶり」

 連れ立って出勤する。オフィスの簡単な案内を受けながらエレベーターは上昇し、フロアに着くと部長に紹介された。
ここはドイツの老舗音楽レーベルである。あちこちにロゴの黄色が見える。
「ナオタカ サカイ。待っていたよ」
「はい、ありがとうございます。頑張ります」
「彼と旧知の仲だと聞いているよ。ニーナと一緒に、あの小僧の手綱を取ってくれ」
 ニーナが大きく頷いた。

 僕は外資系の音楽レーベルに勤めている。今回の出張は同じ傘下のこの会社に出向し、ある日本人音楽家と契約を取り付けて活動するのが目的だ。