パリ・ローマ幻想紀行

「イエスが十字架に掛けられた事実、そこにはイエスのことばが見えます。だけど造形化された十字架には、そのようなことばが見えません。造形化された十字架に向かって、一心にお祈りしている姿は、麓から山を見上げているように思います。その山に登ろうという姿には見えません。救われるのでしょうか」
「仁さんこっちを向いて」とカメラを構えて、一段と高い声で伊沙子さんが私を呼んだ。人のざわめきが急に入ってきた。暫くの間、カメラマンの任務を忘れていた私は、人ごみの中を貪欲に歩いている伊沙子さんをビデオのレンズを通して追った。これでよしと。
「何をぼさっと見ているのよ、ピエタを撮った!」
「あっ!忘れていた」
「早く撮ってきてよ。これを撮らないでどうするの」
ぼさっと見える私に、何時ものことながら伊沙子さんの心中には多少の苛立ちの気配を感じた。
「撮ってきた?」
「ハイハイ、撮りましたよ」
「これ、イエスの弟子だったペテロの祭壇だって」
「そうらしいね」
「この下にペテロが眠っているんだ」
珍しく、伊沙子さんは多少センチメンタルな気配を見せる。
「この丸屋根凄く高いわね。ビデオだったら撮れるかしら」
私は、ペテロの祭壇を見下ろし、クーポラを見上げている伊沙子さんを、映画の画面の主役のように想像して、ビデオカメラに収めた。