パリ・ローマ幻想紀行

「はい、私にもそのように見えます。私達は、あなたのこの彫刻を見て、マリアそのものを見ているのではありません。あなたを見ているのです。錯覚してはいけません。従って、イエスの手で彫刻したそのものを見たいのです。マリアの手で彫刻したそのものを見たいのです」
「そうか、私もラオコーンに魅せられたからのぉ」
「あなたは、造形化された十字架を見て、イエスのことばが見えますか」
「そうじゃの、ことばは無形のものじゃからの」
「造形化された十字架には、あなたのことばを持たない天井画や最後の審判の絵のように、ことばが見えません。イエスが自ら彫刻した十字架であれば、イエスのことばが見えると思います。十字架を作った人のことばが見えません。イエスが直接発したことばのような、ことばが見えません」
「それでよいのじゃ」
「誰が作った十字架か判らない十字架に向かって、一心にお祈りしている人には、どのようなことばが見えるのでしょう」
「その人、その人が見ている景色の中で見ているのじゃ」
「あなたが描かれた最後の審判の絵の前で、一心にお祈りしている人のようにですか」
「そうじゃよ」