それにしても、この建造物は大きくて雄大だ。キリスト教会の総本山として、信者を威圧するには十分な風格である。教皇の思うところであろう。
このサンピエトロ大聖堂の入口を入って右側に、ミケランジェロの出世作となったイエスの死を嘆くとされる母マリアの像がある。足を開いてマリアが腰を掛け、その開いた足の間にイエスを載せ、右手の腕で仰向けに落ちるイエスの頭を支えながら、手で上体を抱え、イエスの右手はマリアの膝の辺りまでだらりと垂れ、両足は開いているマリアの足を越えて、マリアの膝から今にもずれ落ちそうにだらりと垂れている。マリアの左手は、このずれ落ちそうなイエスの両足を抱えようとせず、自然な肢体で手のひらを上にしている。そして、マリアの顔は静かに下を向き、半ば瞼を閉じているその視線は、どこをさしているのか感じられない。
このサンピエトロ大聖堂の入口を入って右側に、ミケランジェロの出世作となったイエスの死を嘆くとされる母マリアの像がある。足を開いてマリアが腰を掛け、その開いた足の間にイエスを載せ、右手の腕で仰向けに落ちるイエスの頭を支えながら、手で上体を抱え、イエスの右手はマリアの膝の辺りまでだらりと垂れ、両足は開いているマリアの足を越えて、マリアの膝から今にもずれ落ちそうにだらりと垂れている。マリアの左手は、このずれ落ちそうなイエスの両足を抱えようとせず、自然な肢体で手のひらを上にしている。そして、マリアの顔は静かに下を向き、半ば瞼を閉じているその視線は、どこをさしているのか感じられない。



