パリ・ローマ幻想紀行

「それでは、心の葛藤ができない人は救われないということですね?」
「その通りじゃよ」
「優越感と言う山の頂から景色を眺めている者、それでいいと言うことですね」
「そうじゃ、その者も自然界の一部である人間じゃからの、これが愛ということじゃ」
「その人を見捨てることが愛ですか?」
「いや違う、見捨てるんじゃない、認めるのじゃ」
「救えるのは、自分自身であるということですね」
「その通りじゃ、私の見ている景色、あなたが見ている景色を見せようとしても、どうすることもできぬのじゃ、ただ々心の葛藤を願うだけじゃ」
「権力者に仕える者も、一心に祈りをする者も、心を痛めていると思うのですが」
「それは苦痛というものじゃよ、心の葛藤には苦痛は伴わないのじゃ、更なる高い山が見えれば、自然に心が動くからのぉ」
「解ります。権力者に仕えるものが、同じ人間に生まれながら、どうしてこのように差が生じるのか。その回答を得るように自分を追い詰めること、これが心の葛藤と言うことですね」
「そうじゃよ、そこには仕えるという肉体的、精神的な苦痛はない筈じゃ」
「始めにその人あり、その人は神なり、ゆえに神はその人なり、と言うように私には見えます」
「それでよいのじゃ、救えるのはあなた自身じゃ、あなた自身が神なのじゃ」
「あなたはどうして十字架にかけられたのですか?」
「あなたには見える筈じゃがのぉ」
「私にはこのように見えます。あなたの愛が見えてきます。あなたを十字架にかけた者を認めると言う愛が見えます」
「そうじゃ、愛じゃよ」
「だけど、あなたは永遠に生きています。ことばすなわちあなたです」
「それでよいのじゃ」
「罪を憎んで、人を憎まず、も私には見えます」