会社の仕事が忙しくなって、オレは残業で遅く帰宅するようになった。

 夜遅くこの界隈はシーンと鎮まり返ってしまう。

 女性の1人歩きなんか、とても危険だろう。



 或る夜の事だ。



 この時もオレは残業で遅くなった。

 バスを降りて家まで歩いて行く。

 吉岡婦人の邸宅の前へ来た。

 門はロープが張られ、中へは入れない。

 足を止めて、家の様子を見てみる。

 まだ、手付かずの状態だ。

「!?」

 何故か、不吉な予感がして来た。


 まさか…



 出ねえよな?



 オレは怖くなって、家に向かおうとした。


 その時だ。



 ワオォォォォォ―ッ!!

「アアン!?」

 オレは耳を疑った!

 モモの鳴き声だ!

 家の方に視線を向けると、白い半透明の小さな何かが走って来る。

 それは…


 ワンッ!! ワンワンッ!!

 いつもと同じように吠えまくるモモ。

 勿論、今は自縛霊の姿である。

 オレは不思議と怖がる事もなく、いつものように足をドンとさせた。

 ワンッ!! ワンッ!!
 ワッ!! ワッ!! ワッ!! ワッ!! ワッ!! ワッ!!

 死んでも相変わらずだ。

 オレも相変わらずだけと…。
「早く成仏しろよ」

 オレはそう言って、家に帰ろうとした。

 ワンッ!! ワンッ!! ワンッ!!

 モモのヤツ、まーだ吠えまくる。

「モモぉ、静かにしなさい!」

「!?」

 更にオレは耳を疑った。

 今の女性が聞こえて来たけど…


 吉岡婦人の声だ!


 振り返ってみると、確かに婦人の姿がそこにあった。

 同じように白い半透明の姿だ。

 生きていた時と同じようにモモをあやしている。

 婦人はオレの方に振り向いて言った。




「すみませんネェ。いつもモモが吠えちゃって」




      終わり