「千代!」

診療所の戸を押し開けて、転びそうになりながら中に入る。

ばたばたと廊下に出ると、眠そうに片目をこすり、灯りのついた部屋からのろのろと出てくる千代を見つけた。


「うるっさいなあ、なんなのよ。人の眠りを妨げるなんてあんた―」

薄いくちびるから吐き出された不機嫌そうな声がそこでぴたりと止まり、とろんとしていた目がぱちぱちと瞬かれる。

視線の先は、僕の背中に向けられていた。

否、正しくは、その背に乗っている少女に。


「……誘拐?」

大真面目な顔で言われたその言葉に、深くため息をついた。

「家の前で、倒れていたんだ。……この雨の中、ずっとあそこに居たのかもしれない。看てやってくれないか」

背中の少女を背負いなおしてそう言うと、千代はふう、っと小さく息を吐き、無言のまま頷いて、パタパタとスリッパを鳴らしながら僕に背を向けて歩き出した。