「あの、」

不意に、向かい側から声が聞こえて。
視線を向けると、男が穏やかな笑みのままこちらを見つめていた。
姿勢を正して、頭を下げてくる。


「遅れましたが。峰谷藤士といいます。一応、作家、みたいなものを…」

「みたいじゃないでしょうが。全く」

男の言葉を遮り、横からそう言ってきた千代が、手を振り上げて男の背中をバシンと叩いた。

「……っ痛」

「シャキッとしなさいよ!本当苛々するわ」

ぽかん、と呆けて口をあけている私に、千代は困ったふうに笑って言った。

「こんなやつだからさ。使いたいときゃ、好きに使うといいよ」

男は、その言葉に少しだけ表情を歪めたけれども、すぐにまた笑顔に戻って口を開いた。


「……体調がよくなるまで、ゆっくりしていって下さい」


深い茶色の瞳が、優しげに、真っ直ぐに見つめていた。