やっと目的のものの目の前にたどり着き、襖に手をかける。
これで…出られる。
「あの、馬鹿はさ」
不意に、背後の女がそう呟いて、私は眉間に皺をよせて振り返った。
女は先程とは変わり穏やかな表情で、真っ直ぐに私を見つめていた。
薄い唇が、動く。
「雨の中、ずぶぬれのあんたを背負って、私の診療所まで走ってきて。
…看てやってくれなんて言ってさ」
ぽつりぽつりと、零される言葉。
眉間に皺を寄せて立ち止まったままでいる私に一瞬冷えた目を向けると、女は、長い睫毛を伏せて言った。
「何があったか、何で死にたいのかなんて、さして興味もないし、私の知った事じゃないけどね。
死にたきゃあ、他人に迷惑かけないところで死にな。
……あのお人よしの馬鹿に関わっちまった以上―――あと少しだけでもさ、生きてごらん」
そうして、少しだけ首を傾げ、口元には微笑みを浮かべて言った。
「それぐらいの人間らしさは、まだ残っているだろう?」

