春は自分と共通点がない人物の話でも、まるで知っている事前提かのように話をする。
出会った当初からそうだったのであまり気ならない。



「そうだ、リンに言うの忘れてた!」





“リン”という名前にピクリと目元が引きつるのを感じた。

くそっ…さっき(一瞬)忘れてたのに。

思い出せば思い出した分だけ腹が立つというのは、相当だと自分で思う。


なんで腹が立っているか解らないだけにさらに腹が立つ、そしてそんな自分に腹が立つという悪循環だ。




『“うちの”って言ったけど、鈴は僕のだから』




大体、あいつは誰のもんでもねーだろ。
というか、どちらかといえば、生徒会に籍を置いている以上俺様のモンじゃねーか。



「えー、どしたの?」



『…、無理!…』



春が携帯電話を耳から思い切り離すと、そこからまくし立てるような叫び声が漏れ出る。

慌てて彼が携帯を引き寄せ話しかけるが、既に通話は切れているようで眉を落としたまま明るく光る画面に目を落とした。



「リン、どうしたんだろ」


「なんだって?あいつ」


「ロンドンとか怪盗21面相とか」


「怪盗21面相?なんだそりゃ」


「なんか“怪21盗面相役”で逃げてるんだって」



脳裏に過ぎるのは各クラスの催し物。
全クラス+各クラブ部活動が今この時間、何をしているのか全て頭に入っているつもりだ。


ロンドンというキーワードで浮かぶのは全部で3箇所。
シャーロック・ホームズの演劇をしている2年D組と、ヨーロッパの歴史と風景をジオラマで表現した展示物を出している技術開発同好会、それからロンドンの街並みを完全再現した3年H組。


明智小五郎の最大の宿敵・怪人20面相のパロディと考えられる“怪盗21面相役”が出て来る可能性があるのは…




「ちっ…H組か」



この時間、H組は客を対象にした鬼ごっこをしているはず。

不思議そうに見上げる春の頭に自分の制帽を被せた。

何かが起きたわけでも、助けを求められたわけでもない。


約束したから。


ただ、それだけだ。

何かがあってからでは遅いのだから。