こいつ!
突然大人ぶりやがって!
要冬真を睨みつけながらも視線を二人に戻せば、また元の沈黙。
海ちゃんはまた俯いてしまっているし、ユキ君は無表情。
耐えきれなくなりフォローを入れようと一歩踏み出すと、それを止めるように肩を思い切り捕まれ後ろに体が引っ張られてしまった。
後ろの男を見上げると、私の視線を促すように目線を外へ投げた。
それは先ほどの二人。
しかし海ちゃんがスカートを小さな手で握りしめている。
「あたしのこと…!」
モンブラン色の長い髪が揺れ、勢いよく上がった小さな頭と同時に廊下に声が響きわたる。
「あたしのこと、ちゃんとしかってくれるの慧だけなの…トーマがいなくなったら、さとるだけなの…。だから」
段々と弱々しくなる声は次第に潤んで落ちるように消えていった。
「さとるが、はなれていっちゃうんじゃないかってふあんだったの…」
泣かないようにと堪えていた涙が落ちたのだろう、慌てて頬を擦る彼女は可愛らしかった。
背中しか見えないけど。
ユキ君はコッソリと気付かないように口元を緩め、そっと海ちゃんの頭に手を置いた。
「わかった」
「ふぇ?」
恐らく、彼の言葉に私と海ちゃんは同時に首を傾げたと思う。
彼女はユキ君を見上げ、私は眉間にシワを寄せたのだから。
「これからは遠慮せずに叱っていいってことだな」
えー!
それは何?愛故!?愛故なのですか?
「お前は俺が最後まで見てるから。心配するな」
ちょっとベクトルが違う気がするんですけど…!
ユキ君には海ちゃんの発言が「私を叱って☆」みたいなドM発言に聞こえたのでしょうかこのドSが!
ドSなんて葵だけで充分!
「うん!」
海ちゃん!?
いいのそれで!?
「あれー…なんか、変な方向に解決した?」
なんかいい感じの二人を見て思わず上げた変な声は、静けさを取り戻した廊下に小さく木霊した。


