「鈴夏、行くぞ」
「え!はい!すいません!」
北風に押されて背筋を伸ばすと、要冬真は少し不思議な顔をした後私の頭に軽く手を置いた。
ゆっくりと離れていく暖かさが恋しくて顔を上げると、彼は数回まばたきをして面を食らったような顔をする。
「んな顔すんな」
「え!私変な顔してた!?」
「あぁ、なんか物欲しそうな顔してた」
してない!
「なにそれ気持ち悪い!」
「気持ち悪いもなにも、お前の表情を的確に表現しただけだが?」
スカしたような笑い方をして大袈裟に肩をすくめる要冬真に腹が立ち、隣で私達を交互に見比べていた海ちゃんの手を取って早足で扉へ向かう。
「あわわ、リンちゃんせんぱい歩くのはやい!」
「早くしないと雪くん帰っちゃうよ!今日は生徒会の集まりないんだから!」
「動揺してんのか?」
扉に手をかけた所で真隣で聞き飽きた艶やかなテノールが聞こえゾッとする。
追い越したはずの要冬真はいつの間にか私達と同じ速度で歩いていた。
早い!怖いよ追い付くの早い!
目を丸くした私の心境を理解したのか小さく喉で笑った彼は、開けた扉をいち早くくぐり抜け振り返る。
「早くしろ」
こいつ!
私が開けた扉を私より先にくぐるとかどういう了見してんだ!
レディファーストという言葉を知らんのか!立場が完全に逆転だぞ!
心の中で毒づきながらも後を追うと、歩き出したはずの要冬真が思い出したように振り返り海ちゃんを見上げた。
「来年からは一人で謝りにいくんだぞ、わかってるな」
捨て台詞のように再び階段を降り始めた要冬真を見ながら彼女に視線を移すと、意を決したように口元を強く結んでいる。
「ちゃんとしなきゃ、だめ」
ポツリと言い聞かせるように呟いた言葉は海ちゃん独特の声色だ。
「あたし、リンちゃんせんぱいみたいにつよくなる!」
私の手を握り返して、潤んだ瞳を振るいながら笑う彼女はとびきりの笑顔だった。


