世界の灰色の部分

午前1時を過ぎたころ、田口はようやくそろそろ帰ると言って腰をあげた。
その会計伝票は、今までわたしが接客してきた中で最高金額を叩き出していた。
わたしはだいぶ飲んだせいで足取りも頭もふらふらしていた。それでも店を出て、エレベーターの乗り口まで彼を見送らなければと、頑張って歩いた。
「じゃあ田口さん、ありがとう」
やってきたエレベーターに乗ろうとする田口に、そう微笑んで手を振った。するとその瞬間、田口はわたしの手首を掴んだ。
「えっ…」
「何驚いてるんだよ、君、俺と一緒になるって言ったじゃないか」
「あはは、うん、でもまだお店が…」
言葉の途中で手首を掴む田口の力が、一気に強くなった。
「店なんてもういいだろ。このまま来いよ。辞めちまえ。給料が惜しいならそれ以上の金をくれてやるんだ」
わたしは自分の血の気が引くのを感じた。酔いなんて一気に醒めた。嫌。怖い。
「いやっ、いやだっ、離してっ…!」
それでも田口の力はいっそう強くなるばかりだった。ぐいぐいとわたしをエレベーターに向かって引っ張り始めた。
「何が嫌だ、言ったじゃないか、俺の女になるって」
「いやっ、いやなのっ!やっぱり無理よっ、離してよっ!」
「調子に乗ってんじゃねぇぞクソガキがっ!」
抵抗するわたしに腹を立てた田口は、右手でわたしの手首を掴んだまま、左手でわたしのドレスの胸もとを思いっきり引っ張った。ビリっと音がしてドレスが破れ、ブラジャーが丸見えになった。でもわたしは田口の方に転げ、それどころではなかった。このままエレベーターに引きずりこまれる、と、瞬時に悟った。
すると、その瞬間だった。
チン、と音がして、隣のエレベーターがこの階で止まり、扉があいた。人が出てくる。助かる、と、そう思った。