「カンパーイ」
「おつかれまでーす」
客がグラスを合わせ、わたしたちはその横で手を叩く。
客がグラスに口をつけたら、あとはわたしたちとしゃべるだけ。
「あー、その時計かっこいいですねー」
「ここで何軒目ですかぁー?」
それぞれに女の子たちが隣の客に話かける。
「もう、ご飯食べました?」
わたしも隣の下っぱ男との会話をスタートさせた。
「はい…。ここに来る前の店で」
男はわたしの顔も見ずに、よそよそしく答えた。
「へー、どこ行きました?」
「名前は忘れたんですが、ここのすぐ近くの鍋の店に」
「へー、いいなぁ。わたしまだご飯食べてないからうらやましい」
あたりさわりのない会話。
周囲ではもうすでに客と女の子の笑い声が起こっているというのに。
「もしかしてこういう店あんまり来ないとか?」
そう尋ねてみると、彼が答えるより先に、向かいに座っていた年輩の男が口をはさんだ。
「ああ、そいつキャバクラ来たことないっていうから連れてきてやったんだけどさ。実は今日そいつのための集まりだから楽しませてやって」
上司にいわれ、彼は「はぁ」と愛想笑いを返していた。
「えっ、オニイサンのためって?」
わたしはすかさず興味深げに訊いてみた。
「ああ、まぁなんていうか、明日から僕は新しい職場になるのでその送別会を開いてもらっているといいますか…」
「へー、そうなんだぁ」
でも……
「でも、そのわりには全然楽しくなさそう」
つい思っていたことが口をついた。
「えっ、いや…」
途端に彼は、焦ったように上司たちを見回した。
なるほど、図星だったんだ。
キャバクラが初めてだから緊張してるとかいう以前に、この集まり自体が楽しくなかったんだ。
「大丈夫だよ。先輩たちはもうだいぶお酒入ってて聞こえてないから」
なんとなくみじめに思えて、そう言ってあげた。
彼はようやくまともにわたしの顔を見て、眉尻を下げ、口元だけで笑った。