キャバクラに来たことのある客と店以外で偶然会うことは、以前にもあった。
だけどそれは街で偶然すれちがう程度のものだったし、わたしは私服だったから相手に気付かれてもさほど問題ないと思える場面だった。
だけど、今回はわけが違う。
「えー、教科は英語担当です。これからの1年はみなさんにとってもっとも大切な時期になるわけですが」
あたしの心臓がバクバクいってる間にも、彼はありがちな教師のあいさつを続けていた。
「えー、では、出席をとります。名前の読み方を間違えていたら教えてください。1番、青山一」
彼は出席簿を開き、順番に名前を呼び始めた。
教室内に、次々に、はい、と返事をする声が響いていく。
彼は名前を呼ぶたびに、返事をする生徒の顔をひとりずつ見ていた。
やがて、わたしの番となる。
「30番、南野、夏実さん」「…はい」
わたしはキャバクラで話していたときよりも幾分低い声を出して返事をした。もともと学校での口数は少なかったので、それに違和感を覚える生徒もいなかっただろう。
大丈夫。
前日とはいえ会ったとき彼は酒が入っていたのだし、わたしの見た目だって、ケバい化粧、ドレス、薄暗いライトの下というのと、ほぼ素っぴん、制服、教室の蛍光ライトの下っていうのじゃ、とても同一人物には見えないと思う。
それに店とじゃ名前だって違うのだ。
彼は他の生徒と同様わたしの顔を確認すると、特に気にする様子もなく、次の生徒の名前を読んだ。
わたしはホッとした。
このまま彼はキャバクラで会った瑞穂という女のことは忘れ、わたしも1年間、今までと何ら変わりない学校生活を送るのだろうと、このときはそう思っていた。