赤く爪跡がついたのを黒刺が満足そうに見つめていた。
跡にはじんわりと血が滲んでいる。
「思った通り、雪国の娘の白い肌には紅がよく似合う」
愉悦そうに言うと、黒刺は己がつけた爪跡に唇を這わした。
ぞくりと体中に鳥肌が立つ。
触れられたところが黒く侵食されていくようだ。
嫌悪感でいっぱいになる。
「いや、やめて…っ」
制止の声を聞いてくれる様子はない。
身じろぎしようにも、私の上には黒刺がのしかかっていた。
首筋から少しずつ唇が下がっていく。
「やだ…、お願いだからやめて…」
どうもしようがなく、涙が頬を伝った。
唇は左胸の心臓のその上へ、たどり着こうとしている。
「……助けて、ユゼ」
祈る言葉が無意識に口から零れた。
その瞬間、私の目の前でバチッと強い光のようなものが弾ける。
その光によって黒刺が身を引いた。
黒刺の体の一部が解体されている。
傷口から見えるのは、深い闇ばかりだ。
消えかかっている己の体を、黒刺は興味深そうに眺める。
「…なるほど、名が発動条件の魔法のようだな」
失われた黒刺の一部は戻ることなく、中途半端なまま漂っていた。
「子供騙しとはいえ、影にはそれなりに影響があるようだ。
まあいい。他にも楽しむ手はある」
黒刺は私に石のようなものを投げる。反射的に私はそれを受け取った。
「覚えておくがいい。吸血鬼にとって飢えは何にも勝る。
愛や正義や信頼、この世の全ての綺麗事など欲には勝てぬということをな」
黒刺の姿が歪む。
現れた時とは逆に大きな翼が一粒の闇になり、どこかへ消えていった。
私は恐る恐る辺りを見回す。
本当に、あの男は去っていったのだろうか。
赤い爪跡が視界入る。私はそれを慌てて服で隠した。
まだ体が震えている。
「ユゼ、ルー…早く帰って来て…」
膝を抱えて願っても、虚しく消えてしまう。
ふと、掌の中に違和感を感じて開くと、そこには黄く透明な石があった。
石の中には虫が閉じ込められている。
なぜ、あの男はこんなものを残したのだろうか。



