深く安らかな眠りに安寧を求めていた頃、一人の少女が現れた。
周りが見えぬほど必死な蒼い瞳と柔らかな金の髪。
泣きそうに顔を歪めてをユゼにナイフを向けている。
妙な勘違いしているのだとすぐに気付いた。
しかし、胸に湧いた暗い感情は消えずに残る。
なぜ、自分を傷つける者まで守らなくてはならないのか。
結界を解いてこの地を去ってしまったらどうなるのか。
心の底にほんの僅かに懐かしい記憶が蘇った。その記憶がユゼを押し止める。
けれども、全てを許す気にはどうしてもなれなかった。
何も知らない人の子が、何も知らないまま生きていく。
そう思うと、底意地の悪い考えが頭を過ぎった。
この少女が、もう人の元へ帰れないと知ったらどうなるのか。
衝動に任せて血を飲ませた。
幼稚な感情を満たすということは、けして気分のいいものではなかったけれど。
少女がやって来ると、館の中が少し明るく騒がしくなった。
特にルーと家妖精たちは、始終上機嫌で迎える準備をしていた。
勘違いで周りが見えていなかった点を除けば、少女は特にどうということのない少女だった。
逆に雪の中、女一人で助けに来るほど勇気があるとも言える。
そんな少女を安易に花嫁にして良かったのだろうか。
そんな疑問が湧いた。
昔、贄を花嫁と呼ぼうと言ったのは赤赦だった。
だが、名前が変わるだけで、その習性が変わるわけではない。
血によって縛り、自分の思うがままにできる存在。
一度血を取り込めば、一生中毒症状に苦しむのだ。
ユゼは複雑な気分で自身の花嫁を見つめる。
いっそ、黒刺のように贄として扱った方がいいのだろうか。
そうすれば、この罪悪感が消えるのかもかもしれない。
さっさと嫌われ、関わりを絶とうとするユゼに、少女の眼差しは強かった。
自分はここにいるのだと、ユゼの心へ訴えかける。
少女と交流するうちに、ユゼは少しずつ思い出していた。
人のぬくもりやそういったものを。
氷が溶けていくように、ユゼは優しさの在りかを知った。
少女が笑う。
それは、陽のような暖かな光。