その帰りの道。

妙に騒がしい森があった。獣たちが異質なものを警戒している。

ざわざわと森全体が鳴っていた。

不審に思いその地へ降り立つと、そこには子供が倒れていた。

人狼に噛まれたのだと、生暖かな風の声が囁く。

噛まれてまだ間もないようで、その茶の瞳は正気を保っていた。

体を丸めたまま荒く息をしている。

子供はユゼに気付くと、冷めた目を向けた。

既に自分の死を受け入れてるかのような、諦めた眼差し。


「見かけない顔だな。もしかして、あんた死神?」

「違う」


前に同じやり取りをしたことがある。自分のエゴで救えなかった少女にも、死神かと尋ねられた。

結局それは本当のことになってしまったけれども。


「だが、死神になることはできる」

「…ふぅん……死神だったら、いいのに…」


苦しそうに呻く。しかし、子供の顔はどこか楽しげだ。


「死にたいのか」

「死にたかないけど、苦しいのは嫌だな。どうせ悲しむ奴なんてどこにもいねぇから、楽に殺してもらいたいわけだ」


いっそ、死神にでも。子供は言葉の裏でそう言った。

全てを受け入れたような態度に、僅かな物悲しさを覚える。

この子供には、どうしても生きたいという理由がないのだ。

そして、今後出来るかもしれないという可能性さえ、潰され掛けている。


「お前が人であることを諦めるなら、生かすことも出来る」

「……あんた、魔法使いだったのか」


子供はひゅっと冷やかすように、かすれた音の口笛を吹く。

ユゼはあえてそれに答えなかった。


「一緒に来るか、それともここで野垂れ死ぬか。お前に選ばせてやろう」


じっと子供がユゼを見つめている。

ユゼの言葉の真偽を確かめるように。

子供は、少しずつ生への執着を思い出しているようだ。目に、光が戻ってきている。


「……行く」




名がないというので、考えた末、この子供をルーと呼ぶことにした。

古き言葉で、無いという意味を表す語である。

良い名があれば、好きに名乗ればいいというユゼに、あんたがルーと呼ぶと決めたのならそれがいい、と静かな答えが返ってきた。