吸血鬼の花嫁



静かな部屋で、私は自分の体をぎゅっと抱きしめた。

震えが止まらない。

柔らかな毛布がすっと私の前に差し出された。差し出す手は私には見えない。

恐らく、家妖精が持ってきてくれたのだろう。

有り難くそれを肩に掛けると、少しずつ震えがおさまっていった。

突然、部屋の入口付近でガチャンと何かが割れる音がする。

顔をあげると、食器が散乱し、お茶が零れていた。


「大丈夫…?」


私は呼び掛けてみる。家妖精が割れた破片を片付けようとしているのが分かった。

だけど、それがひどくたどたどしい。見えなくても分かるぐらいに、作業が進んでいなかった。

私は顔をしかめる。

怪我でもしているみたいだ。

……みたい、ではない。


「貴方、怪我をしていない?」


見えない手が止まる。間の後、肯定するようにこんと壁を叩く音がした。

心当たりは一つしかない。黒刺がやったのだ。


「酷い…どうして…」


こんなことをするのだろう。

知らないうちに、ぽろぽろと涙が零れてきた。

ぎこちなく家妖精が差し出したハンカチを受け取る。


「有難う…」


そのハンカチには、助けてあげられなくてごめんなさいと書かれていた。

私は泣きながら首を振った。一度溢れた涙は止まらず流れ続ける。


「なんとか大丈夫だったから気にしないで…。貴方も休んだ方がいいわ」


ハンカチに書かれた文字が変わった。

大丈夫。自分は傷が浅いから、と。

自分は、ということは浅くない者もいるのだ。

掴まれた手首に視線を落とす。赤い指の跡がくっきりとついていた。

胸の方は見たくもない。

ハンカチの文字がまた、魔法のように変化した。花嫁、今度はちゃんと見張ってるから、眠って、と。


「ごめんなさい…そうするわ」


何も、考えたくなかった。

考えたら、またあの恐怖に腕を掴まれてしまいそうだった。

もう黒刺の気配は感じないのに、胸騒ぎがおさまらない。

心細いせいか、嫌な予感ばかりが私を襲った。

ユゼやルーの顔が闇に塗り潰されていく。


やがて、泣き疲れた私は、深い眠りへと落ちていった。