「近くに、素敵な喫茶店があるの。
良かったら一緒にどうかしら?」
澄んだ女の声が、下駄箱越しに聞こえる。
なんにせよ、今の一言で会話の概要は掴めた。
……俗に言う、逆ナンってやつだ。
馬鹿らしいことこの上ない。
聞かなかったことにしてその場を去ろうとすると、
「悪いが、今初めて会った奴の誘いに乗るほど、俺は暇じゃない」
今度は、聞き覚えのある声。
それに、この堅苦しい話し方。
「そんなこと言わないで、一緒に行きましょうよ?
……黒沢さん?」
……やはり、アイツか。
自然とため息が零れる。
にしても。
転入早々ナンパされるなんて、奴も大変だな。
俺は入学した当初の自分と今の黒沢の姿を重ねて、少し同情した。
そういえば、アイツはつい最近まで男子校にいたんだったな。
女の扱いに、慣れてないに違いない。
そんなことを考えてる内に、下駄箱の裏から同級生と思しき女子生徒が出てきた。
栗色の髪をした彼女は、とても不機嫌そうな表情をしていて。
断られたことは、一目瞭然だった。
それとほぼ同時に、黒沢が下駄箱の反対側から姿を現した。
俺が会話を聞いていたことには、全く気付いていないようだ。
そんな奴の背中を見ていると、俺の頭にある考えが浮かんだ。
―――――――少し、からかってやろう。
そう思うやいなや、
「おい」
俺は、背後から黒沢を呼び止めた。
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