小早川孝はその日、生まれて初めて、ヘリコプターに乗った。

今から連れて行かれるところは、由基島という場所らしい。
先ほど、東京の西外れにあるヘリポートを離陸し、しばししてから、海が見えてきた。ということは、やはり、島なのだろう。
方角から考えると、日本海か。
孝はそう思った。

まさか、入社当日から遠出させられるとは思わなかった。

しばらくの間、頭をもたげていた孝だったが、海が見えてきたころには落ち着きを取り戻し、状況を楽しむよう努めていた。

――海は好きだ。

孝は幼いころ祖父に連れていってもらった海水浴場を思い出す。

小学校に上がるまでは、洗面器に顔もつけられない程の孝を祖父の緑郎は魔法でも使ったように25mを泳げるようにさせた。
なにか特別な手段を使ったわけではない。
ただ、海を教えてくれた。
それだけだった。

優しい思い出に綻んでいた孝の耳にノイズがよぎった。

グガァとかピューとか言う音は、件の探偵が立てているイビキだ。
孝は探偵が深い眠りに落ちているのをいいことに、横目でにらみつけた。

よくこんな所で寝られる。

別段、繊細というわけでもない孝だったが、初めて乗った乗り物の中でグースカ呑気に寝ることなど考えられなかった。
空を飛んでいるということがまず、落ち着かない。
それなのにこの探偵ときたら……きっと慣れているのだろう。
そう思いたかった。
しかし、出会い頭の態度から、真対東という男が一筋縄ではないということも分かっている。

本当に仕事のできる探偵なのだろうか。

旅の行く末より、これからあの事務所で働いていくことの方が不安だ。

実を言うと、孝にとって東のような男が最も苦手なのだ。


適当でいい加減な大人――孝は大嫌いだった。