この男は玉虫色の服を着ている。玉虫色のジャケットや玉虫色のブルゾンを着こなしている。光線の具合で緑色や紫色に見える服(要するに玉虫色の服)をざっくりと着こなしている。
寒い日は玉虫色の上に玉虫色を重ね着する。
暑い日は薄手の玉虫色にする。
サッカーの観戦に行く時は玉虫色の10番を着ていく。
矢沢のライブに行く時は玉虫色のタオルを持っていく。
暇さえあれば法隆寺に行く。玉虫厨子を見に行く。
夏場はピクニックに行く。実物を見に行く。


そんな彼が去年の今ぐらいの季節(晩冬というか早春というか、それぐらいの季節)に何ともたまむしい手紙をよこした。



前略

これまでずっと玉虫色にこだわってやってきましたが、そろそろ卒業しようかと思っています。
というのも先日、その辺のおっさんに手相を見てもらったところ、「そのジャンパーを脱がないと死ぬ」的なことを言われました。念の為、ちゃんとした占いのおっさんにも見てもらったのですが、「四の五の言わずに脱ぎなさい。そのジャンパー、負のオーラの塊ですから。それに何よりも目にうるさい。目がチカチカしてしょうがない。捨てなさい。ドブに捨てなさい。あなたマジで死にますよ。」などと言われました。「たまむ死」だそうです。
そんなまやかし、誰が信じるでしょう…。
僕はおっさんの忠告を無視して、そのジャンパーを着続けました。いつものように法隆寺にも行きました。しかしそこで、まさかの事態が待っていました。
結論から言うと、捕まりました。玉虫の羽を剥ぎ取った容疑で捕まりました。「玉虫色の上着を羽織っていたから」という単純な理由で職務質問されて、どういうわけか、ポケットの中から古びた羽が見つかりました…。
僕は一瞬の隙をついて逃げました。警官の目を盗んでダッシュで逃げました。でも、僕が盗んだのはそれだけです。警官の目、オンリーです。玉虫の羽なんか盗んでません。信じて下さい。僕は国宝に触れてみたいと思ったことは何度もありますが、法に触れるようなことをしてみたいと思ったことは一度もありません。

草々



この手紙を最後に、須藤は消えた。

果たして彼はシロなのか。
それともクロなのか。
緑なのか。
それとも紫なのか。

何色なのか。何虫色なのか。
今となっては
誰にも分からない。