「……なんで?」
迷子の子どもがやっと親に会えたような声。
ここに千夜子さんがいることが信じられなくて
言いたいことがちっともまとまらなくて
俺はただ彼女を見つめるしかできなかった。
静寂に包まれた廊下。
涙のあとが残る頬を、俺は隠そうともせずに向き合っている。
いつも笑顔じゃなくていい。
時には泣いたっていい。
そう言ってくれた、千夜子さんの前だから。
「シンくん……」
先に沈黙を解いたのは彼女の方だった。
「あたし……N町の実家に帰ることにしたんだ」
「え?」
「両親が花屋をやってるから、手伝おうと思うの」
「それって……」
千夜子さんは大きな瞳に涙をためて、噛みしめるように言った。
「シン君のおかげだよ。
やっと植田さんから離れる決心がついたのは」



