「千夜子さん」
腕の中の体がビクンと震え、おびえたような二つの瞳が俺を見上げる。
……ゆっくりと、千夜子さんに顔を近づけた。
横を向いて逃げようとする彼女の頬に、手のひらを当てる。
ダメ、と小さく発音する唇に、俺は自分の唇を重ねようとした。
あと数センチの距離――
そっと目をふせた。
だけどやわらかいものが、俺の唇に触れることは、なかった。
「……ごめんなさい」
千夜子さんは両手で俺の胸を強く押して、震えた声をしぼりだした。
「千夜子さん。俺、本気だよ?」
念を押すように言うと、千夜子さんはほとんど泣き出しそうな顔になった。
それでもギリギリのところでこらえ、作った笑顔を俺に向ける。
この深刻な空気を一刻も早くぬぐい去りたい。そんな様子で。



