“20分くらいだな”
ハルキさんの言葉はつまり、
“その間にちゃんと話すんだぞ?”
って意味なんだと思う。
話したいことは、いっぱいある。
聞きたいことも、いっぱいだ。
いっぱいすぎて、車内は妙な空気に包まれていた。
普段は口数が多いはずの俺が、冗談のひとつも言えなくて。
オーディオから流れる流行りの曲に、「あ。俺、これ好き」なんて言ってみるけれど
そんなセリフは会話の糸口にもならず、肝心なところからよけいに離れていく気がした。
そうしているうちに、あっさりT町に着いてしまった。
「すみません……次の信号で降ろしてもらえますか?」
マンションより200メートルほど手前で、千夜子さんが言う。
車はするするとスピードを落とし、停止した。
「……ありがとうございました」
千夜子さんはハルキさんにお礼を言うと、ゆっくり車から降りた。
そしてドアを閉める寸前、俺と目を合わせた。
「さっきは嫌な思いさせて、本当にごめんなさい」
ううん、と俺は明るい声で言う。
「……じゃあ」
「うん。おやすみ」
弱々しい音とともに、ドアが閉まった。
かすかに漂う柑橘系の香り。
さっきまで気付かなかった彼女の香水が、今頃になって鼻をくすぐった。
「携帯の番号くらい聞けばよかったのに」
ハルキさんの言葉に、俺は首を横に振る。



