「千夜子さん」
「はっ、はい」
「ズボン履くから、その間あっち向いといてくれます?」
別に俺は見られてても構わないんだけどね。
と付け足すと、千夜子さんは窓に顔をぶつけそうなほどの勢いで、あっちを向いた。
窓ガラスに映る恥じらいの表情は、うぶな少女そのものだ。
「お待たせ。もういいよ」
ズボンのチャックを上げて言うと、千夜子さんはおずおずと向き直る。
マスカラを重ねづけした華やかな化粧。淡いピンクのミニドレス。
その上にダウンジャケットを羽織った、少々ちぐはぐな格好の千夜子さん。
つまり、着替えもせずに俺を追いかけて来てくれたんだ。
そう思うと嬉しくて、「ありがとう」が言いたいのに
真っ赤な千夜子さんの顔を見ていたら、俺まで言葉が出なくなった。
「今日はもうお店戻らないんだよね?」
前の席からハルキさんが、千夜子さんに尋ねた。
「あ、はい」
「じゃあ送って行くよ。家どこ?」
「T町です」
「了解。ここから20分くらいだな」
ハルキさんはそう言ってハンドルを切ると、ぴたりと口を閉ざした。



