不穏な空気は周囲のテーブルに伝染し、半径数メートルから笑い声が消える。
近くにいた黒服の視線が、注意深くこちらに向けられた。
千夜子さんはソファから腰を浮かし、オッサンをなだめようとしている。
「お前、ちぃちゃんの彼氏だなんて、よくも嘘ついてくれたな」
酔っぱらい特有の大きな声で、オッサンが言った。
“よくも嘘ついてくれたな”
あまりにも子供じみたその言い方に、俺が唖然としていると、オッサンはさらに勝ち誇った口調になった。
「お前とは恋人でも何でもないって、ちぃちゃんが説明してくれたぞ。
高校生なんかと付き合うわけがないってな」
瞬間、千夜子さんの顔がカァッと赤く染まった。
いつもなら彼女をさらに幼く見せる、赤面の表情。
だけどこのときはなぜか、ずるい大人の顔に見えたんだ。
「お客様」
そばで様子をうかがっていた黒服が、俺に向かって口を開く。
さっき千夜子さんが“マネージャー”と呼んでいた、細身の男だ。



