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懐かしい木の感触と匂い。


「へえ、サマになるね?」

そう言う先輩の方がサマになっている。きちんと着られた胴着に綺麗に装着された防具。その慣れた手付きからすると、今でも稽古をしているのだろう。

俺は貸して貰った道着に、同じく貸して貰った防具を身に着けながら先輩を見つめた。

「…眼鏡、取るんですね」
「本気の真剣勝負だからね」

きっと、

先輩は俺が思っている以上に強いだろう。それは以前の戦いで思い知っている。じゃあ、何でわざわざ剣道での勝負かって?

ただ単に、

喧嘩ではなく一人の剣士として挑みたいと思った。そして勝ちたいと思った。勝たなきゃと、思った。

「先輩、俺が勝ったら宜しくお願いしますよ?約束は守って下さいね。これマジで!」
「解ってるよ。でも、手加減なんてしてあげないから」

素振りをする先輩から放たれる空気には、全く隙が無い。音も、呼吸も、無駄一つ無い。


「絶対に勝つよ、銀ちゃん」

小さく呟き、黙想のポーズで呼吸を整える。

まずは一勝。

俺が勝ち星を上げて、銀ちゃんに最高のバトンを渡す。そして、先輩に約束して貰った事を果たして貰えるように。


 
「恵さま、お客様がお見えです」
「ああ、通してくれる?」

深々とお辞儀をして、道場を後にする使用人さん。どうやら、役者は揃ったらしい。