僕は明け方のテラスで瞳をつむり、早紀のことを思い起こしていた。

凛と冷えた空気に、低い鳩の鳴き声だけが溶け込んでいく。

瞼の奥で、永遠にセーラー服を着たままの早紀が立っていた。

僕はもうずっと長い間、心の奥底に鍵をかけて生きてきた。だから、こんなに心が乱れるのは初めてだった。

シロナの所為だろうか?

それとも年を取った証拠なのだろうか?

瞼の奥に立つ早紀の顔は、十年という時の流れの中でいつしか輪郭がぼやけていた。

それでも、彼女が微笑んでいることだけは分かった。

目を開くと、それまで見えていた早紀の姿が砂粒のように消えた。

そして、シロナが立っていた。

「迎えに来たの?」

と僕が訊ねると、シロナは黙ったまま白くて繊細な指先を伸ばし、僕の頬を撫でた。

「シロナ」

シルクのように心地よい感触の中で、僕はもう一度訊ねた。

「そうよ」と彼女は言った。

気がつくと、僕の頬を撫でていた彼女の指先が濡れていて、はじめて僕は泣いていたんだと気が付いた。