「結構食ってたんだな……」

ぼくは空になった革の財布を逆さまに振りながら、いつもの場所で両の足を宙に投げ出す。


ぼくが来れる一番高い場所。誰にも侵されることのないぼくだけの世界―――


丁寧に靴を並べ、靴下まで脱いで鉄橋跡に腰掛けるとすぐに、柔らかい春風が足の裏をくすぐりながら吹き抜けた。

いつもしてるくせに、この世界と一つになったような感覚は止められない。


スった財布の中身は既に、定食屋のオヤジ(50)の懐(日頃の恩だ、食い逃げの額より多めに渡しておいた)と自分用の少々の甘味で消えてなくなってしまった。

「結局カナの土産分も残んなかったしなぁ。あー……うん、やっぱり治そう、この癖」

そう言って、いつの間にか身について離れなくなってしまっていた“スリ”のスキルを持つ右手をグーパーグーパーしてみる。


財布が無いのに気付いたら、この持ち主は酷く悲しむだろう。

もしかしたら、朝まで枕を泣きはらすかもしれない。

ひょっとしたら、見つかるまであの市場を探し回るかもしれない。

いや……下手したらショックで自殺!?


ブンブンと自分で考えた最悪のシナリオに首を振る。そんな事になったらめちゃくちゃ寝覚めが悪い!

「ま、自殺はないだろ。財布を見る限り貧乏そうじゃないし。しかし女みたいな財布だな」

もう一度よく見ると、カードを入れる場所から覗くアリバイパスに気が付いた。

するすると引き出して、顔写真の下の名前に目をやる。


「えっと名前はカー……」

「みーつーけーたー!!」