風が指の間をすり抜けていく感覚に、僕はくすぐったさを覚えながら砂浜を歩く。

 時を知らすものを何一つ持ち出していなかったから今がいつなのかはわからなかったけれども、逆にそれがこのひとときをこころ置きなく楽しませてくれていた。


 潮騒。


 同じ音はひとつとしてなく、絶えず変化を続けながらそれは耳の奥から胸の奥へ。

 そしてすとん、とお腹の辺りに落ちていく。

 鼻の内っかわにはすっかりと海の香りが住み着いて、今はもう記憶にまで居を構えてしまっていた。

 何か今日は用事があったような気もするけれど、こうなってしまってはもう砂浜にこころが埋まってしまって離れることなんて出来やしない。

 まぁ気が急く程のこともない用事であれば他愛のないものなのだろう。

 そも、この至高なる時間を楽しまないなんて不粋にも程がある。


 人は、歩き続けては生きていけないものさ。


 鳶(とび)が風と手を繋ぎ、高く空へと舞い上がる。

 陽は、どうやら傾き始めているものの、まだ水平線に足をつけるにはしばらくかかるようだ。