月が明るい夜だった。 昼間なら何も感じない建物のひとつひとつが、やけに大きく見えた。 山に入ると、辺りは塗りつぶしたように真っ暗だった。 どんどん細くなる山道。 自分より背の高い草が、行く手を阻む。 靴下をはき忘れてきたせいで、靴と足の間に砂が入って、ジャリジャリと気持ち悪い。 けれど俺はそんなこと気にもせず、上だけを見て歩いていた。 “ほっさ”のことすら、このときは忘れていたんだ。 「……ひっく…」 かすかな声が聞こえたのは、ずいぶんと登ったころだった。