女は、その頑丈なガラスに、小さな穴を開けたいと考えていた。
たった1ミリ足らずでもいい。
たとえ触れることができなくとも、ミミズよりも細い穴から、
この男の心に、すきま風を感じさせてやりたかった。
「あら、何もわかってないのね。自分の中に何か絶対的な思想を持ってる人って、とても強いのよ。
揺るがない信念は、ヒトと違って裏切らないから支えになるもの」
「ふーん。だとしても、俺はそういう、曖昧なもんは信じないから。」
「案外普通のこと言っちゃうんだね。科学にかぶれすぎちゃったのかな?」
女はその目的通り、佐伯歩のムッとしたオーラを感じ取ったが、
それでも、この男はなかなか鉄化面を取り去らない。
「なぁ。俺達は、そんな話してたんじゃないだろ。
今、必要な結論は、幽霊が存在するかしないかでも、俺が普通か否かでもない。“完全犯罪は可能か?”って話」
「……うん。そうだったね」
ほんの些細な間でも、男を折れさせたことだけで、鳴海悠はすでにもう満足だった。
後のことは、佐伯歩に主導権を任せることを、女は決意する。
「で、アンタはどうなんだ?」
「そうだなぁ……ただ完全犯罪をしたいっていうだけで、相手は誰でもいいっていうんだったらできるかも」
「例えば?」
「自分に全く関係ない人物を殺せば、自分に辿り着くことなんてないんじゃないのかなって思うんだけど……」
それは、冷静な狂気。
何故、人が人を殺すのかという根本的な理由が、女の中では破綻していた。
怨恨、金銭目当て、自己主張。
どれにも当てはまらない。
……心なき殺人。

