「大丈夫、怖がらなくてもいいんだよ。彼女はとても優しい人だから。」

そう言ってあたしを手招きする彼は、ふわりと彼女に微笑んだ。

違う。

優しいのは、あなただもん。

彼女を見つめるときの、あなたの顔。

あたしは何年もそばにいたのに。

熱っぽく潤んだ瞳も、上気した頬も、ちょっと意地悪そうに端を持ち上げて我が儘言う唇も。

見たことなかったよ、一度も・・・。

・・・そうよね。

馬鹿みたいだ、あたし。

だって、あたしは人間じゃない。

イルカだもの。

ただの、イルカだもの!

あたしは尾を振り上げて、思いきり水面を叩いた。

「!」

水しぶきの向こうで。

海より綺麗なブルーが、あたしの姿を捕らえる。

だけど。

今までとは違う、あたしの知ってる色じゃないような気がした。

一瞬だけ彼を見つめ、身を翻して跳ね上がる。

ちらりと視線がぶつかって、左眼に彼女が映った。

岩場ギリギリまで身を乗り出して、今にも飛び込みそうな彼の肩を抱きしめたまま、心配そうにあたしたちを見ていた。

あたしは顔をそらした。

ザブン!

気がつくと珊瑚礁を越えていて、激しい波の音しか聞こえなくなっていた。

こんなに離れてしまったら。

もう、彼の声は、届かないはずなのに。

微かに、あたしを呼ぶ声がする。

それは、戸惑いと悲しみに満ちていて・・・・。

あたしは大きく一声上げると、息を吸って海の中に沈んだ。

深く深く深く。

ババ様、どれだけ潜ったら、この気持ちは消えるかな。

ババ様・・・・ッ・・・・!