「来てよかったよ」

 夫は娘がケガをしてないかチェックしながら言った。


 地下鉄の運転手が心配そうに窓から顔を出していたので、私と夫は深々と頭を下げた。


 非常ブレーキをかけられていたら大事になっていた。


「パパありがとう」

 娘はやっと自分が仕出かしたことを理解したらしく、父親の存在に気づく。


「気をつけてな」

 手を振る夫と別れて地下鉄に乗り込む。


 娘は車のワイパーのように手を振った。


 ここの地下鉄駅に鏡はもう設置されていない。


 長方形の白い壁が面影を残しているだけ。


 あのときも夫は助けてくれた。