暫くの間、私は帝様のいる部屋へ足を運ぶ事はなかった。

 怖いの

 あの真っ直ぐな瞳を思い出すと理性を失いそうで。

 それに、私が行かなくてももう頭首としての気丈を取り戻しているようですし

 この庭にもまた、大きな梅の木がある

 花弁は散りかけているけれど、なんとなく梅の木に語りかける

 そういえばこの木、あの場所の木に似てるな

 土地が違うから同じものの筈がないのだけれど。

 そんな事を思ったら、急に元の世界が恋しくなった

 「帰りたいのか?」

 突然背後から声がし、それに釣られて振り返る

 「帝…様?」

 「龍でいい、そなたには迷惑をかけたようで、すまぬ。私なら大丈夫だ、仕来りとかは気にするな そなたは、そなたの思う道に進めばいい」

 「私の、思う…道?」

 「さよう。短い間であったけど、楽しかったぞ そなたが何故選ばれたのかは解らぬがな」

 「……」

 「八重殿」

 「はい」

 「感謝している」

 帝様は、一礼をしこの場から立ち去ろうとゆっくり歩き出す

 駄目!!

 心の中でもう一人の私が叫ぶ

 気が付いたら私の身体は動いていた

 「み、龍様…私は貴女のお傍におります」

 言葉をかけたときには龍様の背中にしがみついていた。

 「八重殿、しかし…」

 「はい、私はこの地の者ではございません。ですが、この想いは誰にも渡しません」

 「……」

 龍様は私に向き直り優しく微笑む

 「そなたには敵わぬ」

 それだけ言うと大きな手で私を包みこみ、口づけを一つ交わされる。

 「……」

 「これが、私の今の正直な気持ちだ そなたは彼の地へ帰る身。だから、想いを閉じ込めるつもりだった。いつか…必ず、またこの地へ帰って来るんだぞ」

 「…はい」


 「お久しゅうございます」

 「紅さん?」

 「今、貴女を彼の地へと戻します お二方、共に心には刻み込まれましたね」

 「「はい」」

 私は、いつかの淡い紅い光りに包まれる