ピッチの電源を入れると、夜中の12時を過ぎていた。


翼のお通夜が6時半。


あれから6時間しか経っていなかった。


ひとりでいると、すごく時間が経つのが遅いのに、翼といるときはあっという間に過ぎていく時間が、懐かしく思えた。
 

目の前に人影を感じたので、顔を上げると、お兄ちゃんが寂しそうに立っていた。


あたしはなにも言わず下を向いた。


長い沈黙のあと、先に話しはじめたのはお兄ちゃんだった。


「なんで?」
 

そのひと言で、お兄ちゃんがあのときの状況を知らないことを悟った。


あたしは黙っていた。


「なんで?流奈ちゃんは来てくれると思ってたよ……」
 

お兄ちゃんは涙を流していた。あたしは目を反らした。


「翼は一番、流奈ちゃんを待ってたと思う……。ショックだったよ」
 

お兄ちゃんはあたしに聞こえないくらいの声で言った。


あたしもつられて泣きそうになったけど、堪えた。


一生懸命、唇を噛みしめて堪えた。


「なんも言ってくれないんだね」
 

お兄ちゃんの小さな声が、こもって聞こえづらかった。


「時間……、忘れてた」
 

とっさに嘘が出た。強がりの嘘……。
 

翼を死なせたあたしを、お兄ちゃんが嫌ってくれれば、と思った。


「そう……、忘れてたんだ」

「………」
 

お兄ちゃんの視線があたしに向けられているのを感じて、顔を上げられなかった。


「流奈ちゃんは、また幸せ探さなきゃだもんな。ごめんね……、忘れてくれる?」
 

いまにも消え入りそうな声で言ったあと、あたしから少し離れた。


「明日、翼の骨を海にまくんだ。それだけは……。それだけは、もうほかに無理言わないから……。だから流奈ちゃんに来てほしい。信じてる」


それだけ言い残して去っていった。