翼がブツブツ文句を言いながら部屋を開けると、懐かしいウルトラマリンの香りがした。
あたしの大好きな翼の匂い。
それと同時に、あたしは過去に引き戻された気がした。
あの日。
夜の海の約束をした、翼の帰りをこの部屋で待っていた、あの日に……。
翼の部屋は、あたしが出て行ったときのままだった。
X'masの飾り付けもそのままで、テーブルの上にある、あたしの化粧ポーチも手鏡も。
理恵と買い物に行ったときに買った、あ揃いのパジャマもベッドの上に置いたままだった。
「流奈?どした?」
「変わってないんだね」
「なにが!?」
「部屋……」
「そうだよ。流奈が出て行ったときのままだよ」
「そうだね……」
「時間が止まってただけだよ!なっ?流奈!!」
そう言う翼をあたしはただ見つめていた。
「流奈……?」
「止まってなんかないよ。あのときからちゃんと時間は過ぎていってるよ」
「でも……、俺の中じゃ、止まったままだったんだ。だから片付けることなんて、できなかったんだよ」
「戻りたいね」
「えっ?なにが?」
「あたしが出て行く前に」
「出て行く前?」
「うん……、出て行く前に戻りたい……」
「流奈……」
翼はあたしを力強く抱きしめてくれた。