もう彼を苦しめるのは止めよう。

 兄に会いに来た時、顔は見れるのだ。忍は嫌かも知れないが。

「忍君・・・今日は有り難う。君が優しい子だということが分かって、救われたよ・・・」
 俺はお休みと言うと、くるりと後ろを向いて戻ろうとした。

「待って!」
 驚いて振り向くと、
「・・・ご馳走になってばかりだから・・・お礼をするよ。マックなんかじゃ、まだお腹空いてるでしょ?」
 忍は俺を家に招き入れた。兄の強は今週も三重県の工場に出張しているはずだ。

 俺は台所の食卓に座らされて、忍が外出着のまま、クラブ・サンドウイッチを作る姿を後ろから眺めていた。

 撫で肩で、細くもなく太くもない均整の取れた肉体。反る様に伸びた背中に括れた腰。男としては大きな臀部。そして腿の肉がジーパンをぴちぴちにはちきらせている。後ろ姿はまるで健康的な女の子の様だ。

「部活、何やってるの?」
 俺は、あんなにレストランで話したのに、この話題が出ていなかったことに今更驚いていた。それほど忍の話題の取り方が多かったのだ。

「・・・剣道」
「えっ!俺も・・・」
「兄貴から聞いて知ってたよ。強かったんだって?」
「大学の全国大会で三位を取ったことがあるよ」
 忍が得意げに言った。
「俺、中学団体で全国優勝さ!」
 そういえば、忍の両親が住む九州の中学で、いつも全国大会の優勝を争う名門校があった!
「ひょっと・・・して、八女(やめ)中学?」
 忍が口の端を曲げて誇らしそうに笑った。
「さあ!出来た!」
 忍は気持ちがほぐれた様に微笑みながら、サンドウイッチが乗った大皿を食卓に置いた。

 笑い顔が戻った。

 和やかに忍と話してる時、俺は本当に幸せだと思う。だが、俺は忍にキスをしてしまった。
 それを忍は許してくれているのだろうか?

 俺の初恋・・・これからどんな苦しい想いをするのだろうか?

第二章 了

「忍抄」 完