「兄貴……」

俺は、一人で呟いていた。


さっきの声は、確かに兄貴だった。


最近夢で何度も聞いた声と同じだった。


「兄貴! いるのか!?」

俺は叫んで辺りを見回した。


兄貴に会ったのは、夢の中だけのことだ。

今はここにいるはずもない。


それは分かっているはずなのに、兄貴がいるような気がして、俺は必死に探していた。


「兄貴! なあ! いるんだろ? 日向がいねえんだよ! 兄貴なら日向のいる場所分かるだろ!?」


今の俺は、なんて滑稽なんだろうか。


自分ひとりじゃ日向のいるところさえ分からない。


小さい時からそうだった。


俺は、兄貴がいたから、自由に歩いてこれたんだ。


頭数のことだけでなく、兄貴がいたから、俺と、日向と、兄貴の三人は成立してたんだ。


俺は泣いた。

一年前に味わった、兄貴の死に対してではなく、何にもできない自分自身の無力さに……



『勇太』


声がして、俺はすぐに顔を上げた。


そこには……薄くぼんやりとした兄貴がいた。



「兄貴……」


『なに泣いてんだよ』

兄貴がそう言ってる気がした。

雨と涙とで、はっきりはみえなかった。

だけど、声だけが俺の頭に響いているようだった。


『秘密基地』

再び兄貴の声が聞こえた。


「え……?」

一瞬、何のことか分からなかった。

少しして、日向のことだと気付いた。


「日向は……そこにいるのか?」

そう聞いたけど、兄貴は何も言わなかった。


「兄貴っ……」

俺は兄貴に近寄ろうとして、一歩踏み出した。

水溜りの水を踏んでしまい、水が大きく跳ねた。

その瞬間に、兄貴の姿はなくなってしまった。


一気に現実に引き戻されたような感覚だった。


だけど、兄貴の言ったことは、はっきりと頭の中に残っていた。


――秘密基地

そこに日向はいる。


俺は涙を手の甲で拭って、そこへ向かって走り出した。