神経は耐えられる限界を超えると、自壊を免れるために機能を遮断するらしい。

(感情も限界を超えると喜怒哀楽がなくなるわけか)

 津也は漠然とそんなことを考えていた。

 理解不能な事態から解放されたわけではない。

(むしろ、悪化してるんだろうなあ)

 当事者意識はかけらもわいてこない。

 しかし、もう一人の当事者によって停滞していた思考に新たな波紋が起きる。

「ちょっとあなた、返事くらいはしたらどうですの?」

 眼前に立つ赤いドレスの貴婦人は、ブロンドの巻き毛を指でくゆらせながら言った。

「そんな事言われてもなあ、何が何だか。挑戦てどういう事だよ」

 津也は頭を掻いて答える。

 こちらはヨレヨレの長袖シャツにチノ。

 互いに普段着ではあるのだが。
 
 片や若冠19歳の大学生、片や妙齢の貴婦人。

 あまりにもかけ離れた二人だ。



「大体、なんだって俺があんたと闘わにゃならんのよ」

 津也は無意味に争うのが嫌いだ。いきなり現れた誰かと闘うなど冗談ではない。

「理由もなく闘うなんて後免だね」

「では、理由を話せば受けてくださるのかしら」