「いえ、結構です」



きっぱりと断ると、成瀬はわざとらしく首をかしげながら言った。



「そうですか? まあ、確かにこの部屋は、向かいのビルからよく見えますしね」


「……?」


「僕と並んで座ってるところを誰かに見られちゃ、マズイですよね」



カッ、と顔が赤くなるのが、自分でもわかった。



あたしは窓際に走り寄ると、カーテンを乱暴に閉め、男の方を振り返った。


成瀬は、唇の端を片方だけ上げて笑っている。



間違いない。


『ハヤト』という名前を出した時点で気づいてたけど


この男はレオの店の関係者だ。



あの、道路を挟んだ向かい側の――




「自己紹介が遅れました。僕はこういう者です」



成瀬の青白い手から名刺が差し出される。



それを受け取らずに無視していると、成瀬は鼻でため息をついて、名刺をテーブルの上に置いた。



「僕はね、まあ簡単に言えば、ハヤトの雇い主です」