「たしかに、交通事故には遭ったわ。
トラックがぶつかって来てね…その時に、私と孝彦さん、あなたのお父さんはどういう経路でかはわからないけれど、精神だけが"こっち"に来てしまった」
あなただけは、来なかったのよね。と、母は微笑む。
その微笑みが何を意味をするのかは、僕には見当がつかなかった。
しかしその母も、ここに来た当初は僕のように存在が曖昧になって人の形ではなかったらしい。
「でもね?
赤ちゃんの事だけはしっかりと考えていたの。
"私の赤ちゃんはどこ?"
"そろそろミルクをあげなきゃ"
って」
そしたらね?と彼女は愉快そうに続ける。
「赤ちゃんの声が聞こえて、気が付くと私は急に意識がはっきりしてこの姿になったのよ。
そして、赤ちゃんは私のすぐ近くで泣いていたわ」
「あの…父さんは?」
父と一緒にこっちへ来たと言うのなら、いるのを確認しているはずなのだ。
「その赤ちゃんだったのよ」
「………………え?」
驚く僕を穏やかに見つめながら母は微笑んでいる。
哀しさや驚きなどそこにはなく、ただ懐かしがるように微笑んでいる。
その姿に不快な違和感を感じた。