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ピアノ教室の中の練習室で、黙々と鍵盤の上で指を動かす。
個人レッスンの時間までは生徒が自由にピアノを使えるこの部屋は、ここで唯一、一人になれる場所だ。
いつもはリラックスして、自分のピアノに集中することが出来る。
…けれど、今日は違った。
まだ、このスランプから抜け出せていないのだ。
白と黒の波に意識を集中させようとするのに、その度に胸に生まれた黒い靄が大きくなっていって――私はその度に、手を止めてため息をついていた。
……私はまだ、見つけ切れていなかった。
私が、出来ること。
ありがとう、と佐伯は言った。トキと向き合えたのはお前のお陰だ、と。
……それでもその実感が、私には無い。結局何故そうなるのか、考えてみてもわからなかった。
たいしたことじゃないと言われても…物凄く、気になる。
もやもやと、ただ得体の知れない塊だけが成長している。
再び重いため息を吐いて、一旦鍵盤から離した手をそっと黒鍵に戻した。
その時。
「もー!東子、全然駄目じゃん!」
懐かしい声が、背中に当った。
振り返ると、頬をぷくっと膨らませ、両手を腰にあてたヒナが、ドアの前に立っていた。

