しばらく二人でグラウンドを眺めた後、穏やかな笑みを浮かべた佐伯が

「じゃあ、帰るか」

とフェンスから体を離して、私もまた、それに続いた。


そこでひとつの疑問が頭の中に灯る。
出口へと向かう佐伯の背中に、きいてみた。


「何で、トキが軽音部だって知ってたの?」

振り向くと、佐伯は、ああ、と小さく声を上げて。


「トキと同じように、あいつの叔父さんも、時々俺の家に頭を下げにきてて。

…それで、その時は必ず、トキの話をして帰ってたんだ」


…聞いても居ないのに。


佐伯はそう言って、可笑しそうに笑った。


私は小走りで佐伯の隣に向かい、佐伯の顔を見上げる。
やわらかな光を持った瞳が、こちらを見つめていた。


「バンドをやり始めて変わっただの、最近よく笑うようになっただの。……何となくそれを思い出して、じゃあどうせ会うならバンドやってるアイツも見たいな、って。」


それだけだ、と。

佐伯は穏やかな表情で、下に続く階段を見つめた。


「でも、あの言葉が無かったら…新しいアイツを見ることは、できなかったんだよな。」